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腹痛

 粒良邦彦

概論

 腹痛は必ずしも腹部臓器の疾患のみから生ずるものではない。軽〜中等度の腹痛はもっぱら患者の訴えにのみ依存することが多く、時間経過を明らかにする綿密な問診が大切で、これによって部位及び疾患をかなり絞って計画的に検査をすすめてゆくことができる。 重篤な腹痛では苦悶状顔貌や顔面蒼白、冷汗などのショック症状や体動不能等を一見して直ちに抗ショック療法を開始し、外科と緊密な連絡を取りつつできるだけ速やかな診療と平行して開腹術に必要な諸検査から開始するなど時間との競争になる。腹痛の診療に最も大切なことは、この緊急度の判定である。

病歴からのアクセス

 @いつから始まったか、部位はどのあたりか、持続的か間歇的か、痛みの性質はどんなか(患者自身の述べた言葉を記載しておく)。
 A以前に類似した痛みを経験しているか(いつどんな状態の時で、経過はどうなったか)。
 B食事、排便、動作との関係。
 C既往歴、特に手術歴。
 D家族歴(特に潰瘍、胆石、虫垂炎、膵炎もしくは「胃痛」)。
 E随伴症状(嘔気嘔吐、吐下血下痢、腹部膨満、血尿)。
 F経過及び処置:他医で処置を受けていればその経過も。
 G来院経路:独歩、介助歩行、担送。

診察時のポイント

 @患者の全身状態:
 a.診察室への歩行状態(独歩、介助、担送、独歩の場合正常かかがんでいるか足を引きずっているか)。
 b.姿勢及び体位(一番楽な体位をとらせる、激しい痛みで体位変換ができない状態か)。
 c.顔貌、貧血黄疸チアノーゼ、腹部膨満。
 d.血圧、心拍数、呼吸数。
 A自発痛の部位、圧痛の部位、デファンス、除圧痛(Blumberg徴候)、板状便。
 B打診:鼓腸、腹水、肝濁音界は。
 C聴診:腸雑音は聞こえるか。亢進しているか。無音か。胸部の聴診も落とさずに。
 D直腸診:腫瘤は、狭窄は、血便の付着は、ダグラス窩の圧痛は、右前方と左前方と圧痛の差は。

臨床検査からのアクセス

 腹痛の鑑別に必要な諸検査
 T.即時、即日の検査
 @採血:
 a.血液型、交叉試験用採血。
 b.血算(Hb、RBC、WBC、Ht、Pl、Ret、白血球分画)。
 c.生化学(TPAAlb、GOT、GPT、ALP.LDHLAP、Bil、TTT、ZTT、T-C、中性脂肪、Ca、P、BUN、クレアチニンNa、K、Cl尿酸アミラーゼ、血清鉄、CPK)。
 d.血清(CRPAASLO、PA、W-R、HB抗原抗体)。
 A尿及び便:
 a.尿(尿量、比重、蛋白、糖、潜血、沈渣、尿中アミラーゼ尿中クレアチニン)。
 b.便(潜血、虫卵、細菌培養)。
 Bその他:
 a.腹部単純、胸部単純、
 b.腹部エコー及び超音波下腹腔穿刺。
 c.腹部CT.
 C緊急内視鏡:吐血又はタール便なら上部消化管、鮮血下血なら下部消化管の内視鏡を実施する。多量下血なら前処置なしで、便に血液付着ならグリセリン浣腸又は高圧浣腸後実施する。総胆管結石嵌頓の疑いが濃厚であれば、処置用十二指腸ファイバーを用いて、乳頭部観察及び処置(EST、ENBD等)を実施することもある。
 D緊急消化管造影:上部消化管穿孔や下部消化管狭窄の可能性があればガストログラフィンを使用する。
 U。後日予約による検査
 @超音波検査。
 ACT及びMRI.
 BX線造影検査。(上部消化管造影、下部消化管造影、胆道造影、腎盂撮影、血管撮影)。
 C内視鏡検査(上部、下部)。
 DPTC、PTCD、胆道鏡。
 EERCP、EST。
 F負荷及び機能検査。
 Gアイソトープを用いる検査(シンチグラムなど)。

急性腹症の認定と鑑別

 急性の腹部症状で発症し、直ちに開腹手術を要する疾患を急性腹症と呼ぶが、実際上これと鑑別困難で手術適応のない疾患も急性腹症として扱われる。臨床症状としては急性の激しい腹痛を呈し、ショックを伴うことが多い。
 T。緊急手術を要するもの
 @急性汎発性腹膜炎:消化管の穿孔(胃、十二指腸、小腸、大腸、虫垂、憩室)、胆道穿孔、消化管又は実質臓器の壊死。
 A腹腔内大量出血:子宮外妊娠破裂、腹部大動脈瘤破裂、実質臓器破裂(肝、脾、腎、膵)。
 B臓器の血行障害(進展すれば壊死):絞扼性イレウス、卵巣嚢腫茎捻転、S状結腸捻転、ヘルニア嵌頓、小児回盲部重責、腸管膜動脈閉塞。
 C腹膜炎に至る重篤な炎症:急性虫垂炎、急性胆管胆嚢炎、メッケル憩室炎。
 U。進展すれば手術を要するもの
単純イレウス急性膵炎、臓器の破裂穿孔が軽く限局性腹膜炎に止まっているもの、腹腔内の大量でない出血、比較的軽い炎症(虫垂炎、胆道炎、メッケル憩室炎)。
 V。手術適応外のもの
 胸膜炎肺炎心筋梗塞、心嚢炎、尿路結石、胆石(胆道炎を伴わない)、穿孔に至らぬ潰瘍。

疼痛部位からのアクセス

 @心窩部痛:(最も多い。「胃が痛い」と表現される。a.腹腔臓器又は消化管疾患:i.食道・胃・十二指腸の潰瘍、炎症、腫瘍。ii.膵疾患、iii.胆道疾患、iv.虫垂炎の初期、v.小腸疾患、b.腹腔臓器以外の疾患:冠疾患、大葉性肺炎胸膜炎、腹部大動脈、腸管 膜動脈閉塞。
 A右悸肋部痛:a.腹腔外の疾患:胸膜炎、右心不全。b.消化管疾患:十二指腸疾患(潰瘍、憩室)、右側大腸疾患(憩室、潰瘍、炎症、癌)位置異常を伴う虫垂炎(稀)。Chilaiditi症候群(稀)。c.肝疾患:急性肝炎、うっ血肝、肝膿瘍、肝癌、肝嚢胞。d.胆道疾患:胆石、胆道炎、胆道ディスキネジー、胆道癌、e.膵疾患:急性慢性疾患、膵癌、膵嚢胞
 B臍周辺痛(厳密に臍周囲ならかなり限定される):a.胃・十二指腸疾患(胃角よりanalの病変時に潰瘍)。b.膵(頭部)疾患。c.胆道疾患。d.小腸疾患。
 C左悸肋部左上腹部痛:a.急性左上腹部痛:i.胃穿孔、ii.急性膵炎、iii.脾破裂又は梗塞。iv.心筋梗塞又は狭心症。v.左横隔膜下膿瘍、vi.小腸疾患(絞扼性イレウス、穿孔)、vii.急性大腸疾患(虚血性大腸炎)。b.緩徐又は慢性左上腹部痛:i.胃疾患(潰瘍、腫瘍、炎症)、ii.膵疾患(膵腫瘍慢性膵炎、膵障害)、iii.脾腫、脾膿瘍、iv.狭心症、v.イレウス、vi.脾弯曲性症候群、vii.内臓逆位の胆道疾患。
 D右下腹部痛:a.急性に激痛を呈するもの:i.子宮外妊娠破裂、ii.卵巣嚢腫茎捻転、iii.右尿管結石、iv.結腸憩室穿孔、v.メッケル憩室、vi.虫垂炎(穿孔)、vii.回盲部潰瘍穿孔、vii.回盲部重責、viii.鼠径ヘルニア嵌頓、ix。腸閉塞。
 E左下腹部痛:a.急性の左下腹部痛:i.虚血性大腸炎、ii.下行〜S状結腸穿孔(憩室穿孔又は特発性穿孔)、iii.小腸穿孔、iv.子宮外妊娠破裂、卵巣嚢腫軸捻転、左側尿路結石.b.やや緩徐な左下腹部痛:i.慢性腸疾患の急性期(クローン、潰瘍性大腸炎)、ii.大腸癌によるイレウス、c.慢性かつ緩徐な左下腹部痛:i.DS junction近傍の硬性便通過に伴う痛み(便秘常習者の下痢し始め)消化不良や水性下痢、下剤投与に伴うもの、ii.感染性腸炎の軽快期、iii.潰瘍性大腸炎又はクローン病などの軽快期。

疼痛性状からのアクセス

 @内臓痛:消化管及び胆道、尿路の管腔の拡張、異物進展に伴う痛み。鈍痛から仙痛まである。鎮痙剤有効なことが多い。
 A体性痛:腹膜から発する痛みで限局性の鋭い痛み。穿孔による限局性の激しい痛みが体性痛で、鎮痙剤無効、鎮痛剤やや有効。緊急手術の必要な場合が多い。
 B関連痛:内臓神経への刺激が脊髄後角において知覚神経を刺激させ、支配領域の皮膚節に疼痛を生ずる。右肺炎の際右下腹部痛を生じて虫垂炎と誤られることがある。

診断の確定へ

 症状と部位を手がかりとして前期諸検査を行って絞り込んでゆく。十分な検索の時間があれば多くの場合診断確定に到達できる。

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