概論
中枢神経系は平常時血液中グルコースの約60%を消費しており、血糖値の異常な低下はその正常な機能の維持に支障をきたして、昏睡から死へと重篤な結果を招くことにもなり得る。このため生体には低血糖に対する防御機構が存在し、外因性のエネルギー供給が途絶えた状態においても、主として肝臓で糖を産生(糖新生およびグリコーゲン分解)することにより血糖値を正常範囲内に保つことを可能にしている。このような糖の産生の障害あるいは消費の増大により、十分な血糖値を維持できなくなった病態が低血糖症である。低血糖症は、臨床上次の三つに分類して考えることができる。@反応性低血糖:食事摂取がきっかけとなって起こる食後の低血糖。代表的なものは、胃摘出術後に食事の吸収が早まり、インスリンの過大分泌を伴って生じる食事性低血糖である。A空腹時低血糖:空腹時におけるグルコースの肝での産生と末梢組織での利用のアンバランスにより起こるもの。高インスリン血症を伴う場合と、そうでない場合がある。B薬剤性低血糖:血糖降下作用をもつ薬剤の過剰ないしは不適切な投与によるもの。
臨床症状
@低血糖による症状は、以下の二つの主要なメカニズムにより説明される。
a. 交感神経症状:低血糖時エピネフリンの過大分泌による。発汗(冷汗)・振戦・頻脈(動悸)・不安・空腹感・悪心・嘔吐など。
b. 中枢神経症状:中枢神経系へのグルコースの供給不十分による機能低下(neuroglycopenia)。通常、血糖値45mg/dlで出現。いらいら・めまい・頭痛・目のかすみ・複視・行動異常・性格変化・錯乱・低体温・意識低下・痙攣(小児)・昏睡など。
A血糖値の低下が急激に起こる場合には、aの症状が主たるものとなり、逆に徐々に低下が起こる状況では、aの症状なしにbの症状が前面に出てくることが多い。
B糖尿病で自律神経障害を伴っている患者や、β-遮断剤服用中の患者では、低血糖時のアラーム機構ともいうべき交感神経症状が表れにくく、突然中枢神経症状で発症する危険があるので注意を要する。
一般検査所見
@血糖値:症状を伴う場合は通常60mg/dl以下。ただし、必ず低血糖症状の生じる(またはそれ以上なら生じない)絶対的な値というものはない。低血糖の症状の有無は血糖値の低下する速度にもより、比較的急激に低下する場合には、血糖の絶対値がそれほど低くなくても症状として感じられる場合がある。A低血糖症の鑑別診断上チェックすべき項目(表1)。
表1 低血糖症の鑑別 (一般検査所見から)
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肝機能異常(GOT、GPTAALPなど) ・・・ 重症肝疾患
腎機能異常(尿素窒素、クレアチニン) ・・・ 腎不全
胸腹部X線 ・・・ 腫瘍の確認
血中蛋白濃度・コレステロール・コリン ・・・ 栄養状態の評価
エステラーゼなど
HbA ・・・ 糖尿病の存在
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特殊検査所見
表2 5時間経口糖負荷試験による反応性低血糖の鑑別
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| 血糖反応パターン | インスリン反応
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特発性 |@前値正常 | 正常
(機能的) |A2〜4時間後に低血糖 |
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耐糖能異常 |@糖尿病型または境界型 | 遅延型過大反応
に伴うもの |A3〜5時間後に低血糖 |
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食事性 |@前値正常 | 急峻型過大反応
(胃手術後) |A30〜60分後に高血糖 |
|B1.5〜3時間後に低血糖 |
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@5時間経口糖負荷試験:標準的な75経口糖負荷試験と同様の方法で、血糖値血漿インスリン(もしくは血清C-ペプチド)を負荷後5時間まで追跡測定する。反応性低血糖の診断および鑑別のために行われる(表2)。
A絶食試験:48〜72時間の絶食(水分は可)状態において、6時間ごとないしは症状出現時に血糖および血漿インスリンを測定する。インスリノーマでは血漿インスリン(μU/ml)/血漿グルコース(mg/dl)比が0.4以上のことが多い。
Bインスリン分泌刺激試験:トルブタマイド・グルカゴン・ロイシンによりインスリン分泌刺激を行うとインスリノーマでは過大分泌を示すことが多い。
Cプロインスリン:インスリノーマでは血中プロインスリンの総インスリン値に占める割合が増加(20%以上)している。
DC-ペプチド:内因性のインスリン分泌の指標となり、インスリノーマでは高値であり、インスリン投与による低血糖でも抑制(1.2ng/ml以下)されない。これに対してインスリンを投与された者では比較的低値である。
Eインスリン拮抗ホルモン分泌不全の確認のための検査:
a.アルギニン負荷試験:グルカゴン分泌刺激試験でありグルカゴン欠損症で反応欠如。
b.下垂体機能検査および副腎皮質機能検査。
F薬剤血中濃度測定:薬剤性低血糖の診断。
G画像診断:インスリノーマおよびその他の腫瘍の局在診断として、超音波・CT・血管造影・シンチグラフィなどが行われる。
Hインスリン抗体:インスリンに対する抗体(自己抗体も含む)の存在により、高インスリン血症を呈している場合がある。
診断
表3 低血糖症の分類
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反応性(食後性)低血糖:
@食事性(胃摘出術後など)、A先天性糖代謝酵素欠損(ガラクトース血症・果糖尿症)、B特発性(機能的)。
空腹時低血糖:
@内因性高インスリン血症:(1)膵B細胞腫瘍(インスリノーマ)(2)自己免疫性(インスリン自己免疫症候群・抗インスリン受容体抗体)、(3)異所性インスリン(様物質)分泌、A非B細胞腫瘍(間葉系・上皮性・その他)、Bホルモン分泌不全:(1)下垂体機能低下症(成長ホルモン・コルチゾール)、(2)副腎皮質機能低下症(コルチゾール)、(3)グルカゴン欠損症、C重傷肝障害(劇症肝炎・肝硬変・肝癌・うっ血)、D小児の低血糖:(1)新生児低血糖症(母親が糖尿病)、(2)A先天性酵素欠損(糖原病など)、(3)ケトン血性低血糖症、Eその他:(1)飢餓・低栄養、(2)腎不全、(3)心不全、(4)敗血症、(5)激しい運動。
薬剤性低血糖:@インスリン、A経口血糖降下剤(スルフォニルウレア)、Bアルコール、Cその他(大量のアスピリン・β梹ユ断剤・モノアミンオキシターゼ阻害剤など)。
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@まずa.実際に低血糖であることの確認、次にb.低血糖の原因の鑑別診断(表3)が必要になる。臨床症状は非特異的であり、それのみでは確定診断はできない。また低血糖は偶発的に起こることが多いので、確認のための特殊検査が行われる。
AWhippleFs triad:a.neuroglycopeniaによる症状の存在、b.低血糖値、c.血糖値正常化に伴う症状の改善の3つを満たすこと。
B現に低血糖症状を呈している患者の場合、速やかに血糖値を測定(簡易血糖測定器を用いれば採血後2分以内に結果が得られる)。血糖値50mg/dl以下ならば、ほぼ診断は確定する。直ちにグルコース(約20g)を投与し症状の改善を確認する。同時にインスリン・C-ペプチド・プロインスリン・グルカゴン・コルチゾール・インスリン抗体測定のため検体をとっておく。
C低血糖の存在が疑われるエピソードを主訴に受診した患者の場合は、a.病歴聴取(特に反応性と空腹時の鑑別に留意して):症状が起こった時間は早朝や午後遅くの空腹時か、食事摂取後2〜5時間か運動時か。その他、薬剤服用歴・胃手術歴・職業歴(医療関係者か)・飲酒歴・体重歴などに注意。小児の場合は先天性酵素欠損も考慮。b.まず1晩絶食後の血糖値および血漿インスリン濃度(血清CLペプチドも含む)の測定を行い(少なくとも2,3回)、空腹時低血糖の存在を確認。血糖値が50mg/dl以下にもかかわらず血漿インスリンが5μU/dl以上、ないしはインスリン/血糖比が0.4以上の場合は高インスリン血症による空腹時低血糖症と考えられる。c.d.で異常がない場合、5時間経口糖負荷試験を行い反応性低血糖かどうかを判断する。d.反応性低血糖が否定的なら、さらに空腹時低血糖の診断のために絶食試験を行う。e.インスリノーマの診断確定のためには、インスリン分泌刺激試験・種々の画像検査による局在診断を行う。f.内分泌機能検査としては、下垂体・副腎皮質機能をチェック。特にインスリン拮抗ホルモン(counter regulatory hormones)の分泌不全を確認するためには、それらの分泌刺激試験を行う。
管理上必要な検査(表4)
@原因疾患のうち治療可能なものは、極力根治に努めるのが原則。したがって、治療効果を判定すべく定期検査を行う。
A反応性低血糖については、病態が判明すれば、特に低血糖に関しての追跡検査を行う必要はない。
B低血糖の確認のために、可能ならば患者に血糖自己測定を修得させ、症状出現時に測定してもらう手段もある。
表4 低血糖症の管理上必要な検査
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適宜測定を要する項目 |@血糖値 A血漿インスリン B血清C档yプチド
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1〜3か月程度の間隔で施行 |@HbAlc A生化学 B内分泌機能(必要に応じて)
する項目 |
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3〜6か月の間隔で施行 |@胸部X線
する項目 |A腹部超音波・CT
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メデイカル・ノート
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TumorLInduced Hypoglycemia:非B細胞性腫瘍に伴う低血糖は、特に間葉系由来の腫瘍(fibrosarcoma,mesothelioma,rhabdomyosarcomaなど)に多いが、肝細胞癌・副腎癌・カルチノイドなどでみられることもある。たいていはサイズが非常に大きく、胸部ないしは腹腔内に存在する。その病態としては、糖代謝回転の促進・(腫瘍による)糖消費の増大・インスリン様物質の腫瘍からの分泌・肝での糖産生欠乏・悪性腫瘍に伴う消耗状態
などさまざまな要因が提言されているがなお不明である。
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