概論
甲状腺機能亢進症とは、甲状腺ホルモンの合成と分泌が亢進し、末梢組織での甲状腺ホルモン作用過剰による諸症状(甲状腺中毒症)を呈する病態である。その大部分を占めるのは、び慢性甲状腺腫を伴う自己免疫疾患であるバセドウ病(Graves病)である。このほか、中毒性甲状腺結節によるもの(Plummer病)や、TSH過剰分泌による稀な疾患が含まれる。バセドウ病の発生頻度は人口10万人あたり100人前後といわれている。男女比は1:4位で女性に多い。好発年齢は20〜40歳代である。
甲状腺機能亢進症と同様の甲状腺中毒症状を呈するが、狭義の甲状腺機能亢進症に含まれない病態としては、甲状腺組織の破壊による甲状腺ホルモンの血中流出(亜急性甲状腺炎、その他の破壊性甲状腺炎)に起因するものや、甲状腺ホルモン剤の過量摂取によるものがある。これらの病態と狭義の甲状腺機能亢進症は治療法が異なるので、鑑別診断が重要である。
臨床症状
@甲状腺腫:バセドウ病ではび慢性の甲状腺腫を触知する。大きさは様々であるが甲状腺腫を触知できない例は稀である。甲状腺上に血管雑音が聴取されることもある。Plummer病では単結節性または多結節性の甲状腺腫を触知する。
A循環器症状:頻脈、動悸、体動時息切れなどの自覚症状が高率に見られる。頻度は高くないが不整脈(心房細動が多い)もある。老齢者では心不全を呈することがある。血圧は収縮期圧が上昇するといわれてるが、顕著な高血圧を示す例は少ない。
B精神・神経・筋症状:手指や眼瞼の振戦がほとんどの患者に見られる。また全体的に落ち着きのない印象を受ける。イライラや不眠、易疲労感、集中力低下等の自覚症状を訴えることも多い。筋力低下は自覚症状あるいは他覚所見として認められる。青壮年男性患者では周期性四肢麻痺を示すことがある。理学的所見では、筋萎縮やアキレス腱反射時間の短縮などがを認める。
C代謝亢進症状・消化器症状:発汗過多と軽度の体温上昇をきたし、口渇・多飲を認める。食欲増加を伴う体重減少は本症に特有の症状であるが、10〜20歳代の若い女性患者では体重増加を示すことがある。暑さに弱く寒さに強いのも特徴的所見である。排便回数が増加し、軟便や下痢になりやすい。
D皮膚症状:手掌が暖かく湿っている。毛髪が柔らかくなり脱毛しやすい。全身の皮膚の色素沈着傾向を認める。頻度は高くないが白斑、爪の異常(onycholysis)などもみられる。バセドウ病患者ではまれに脛骨面限局性粘液水腫(pretibial myxedema)を認める。E眼症状:眼症状には甲状腺中毒症状に由来するものと、バセドウ病眼症(Grave's ophthalmopathy)の範疇に属するものがある。主な症状としては眼球突出、上眼瞼の退縮、外眼筋麻痺による複視、眼瞼浮腫、結膜充血などが見られる。バセドウ病眼症の高度なもの(眼球運動障害や視力障害をきたす)は悪性眼球突出症(malignant exophthalmos)と呼ばれる。
Fその他:性腺機能異常として、月経不順、稀発月経や出血量の減少が見られる。妊婦では早流産をきたしやすい。
一般検査所見(表1)
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血算 |白血球減少(好中球減少)、相対的リンパ球増加
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血液生化学 |総コレステロール低下、アルカリフォスファターゼ増加(骨型アイソ |ザイム増加)、リン増加、カルシウム増加、総蛋白、アルブミン正常 |又は軽度低下、クレアチニン低下、クレアチニン増加、GOT,GPT、コ |リンエステラーゼ増加、耐糖能異常やoxyhyperglycemia
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尿 |食後尿糖陽性、高カルシウム尿症
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心電図 |洞性頻脈、上室性不整脈、心房細動、U、V、aVFでのP波増高。
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骨X線 |骨粗鬆症(病悩期間の長い中高年女性)
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特殊検査 |T4,T3,freeT3増加、高感度TSH測定感度以下、甲状腺摂取率(123I,
|131Iまたは99mTCO4-)高値、抗サイログロブリン、抗マイクロ
|ゾーム、抗TSH受容体などの自己抗体陽性。
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血算上白血球数の軽度減少がしばしば見られる。分画上は相対的リンパ球増多を示す。好酸球が増加することもある。赤血球形は一般に正常である。
血液生化学では総コレステロールの低下、アルカリフォスファターゼの増加が特徴的である。アルカリフォスファターゼのアイソザイムでは骨型が増加している。骨代謝亢進を反映してリンとカルシウムも増加傾向を示す。総蛋白とアルブミンは軽度低下を示すことが多い。クレアチニンは低値となりクレアチンは増加する。GOTやGPT、コリンエステラーゼなど肝酵素の軽度増加が見られることもある。空腹時血糖は正常のことが多いが、糖負荷試験を行うと、oxyhyperglycemiaや耐糖能異常を示す例がかなりある。従って食後糖尿がかなり見られる。尿生化では高カルシウム尿症を認める。
心電図では洞性不整脈、上室性不整脈、心房細動などが見られる。波形としてはU、V、aVFのP波の増高がよく見られる所見である。
中年以降の女性では病悩期間が長い例では、年齢相当以上の骨粗鬆症病変が骨X線上認められることが多い。
特殊検査所見(表1)
甲状腺機能亢進症の診断には、@血中甲状腺ホルモンレベルの上昇、A甲状腺自体の機能亢進、の二つを確認する必要がある。@のみでは、甲状腺ホルモン剤の過量投与や破壊性甲状腺炎による甲状腺中毒症を除外できない。
@血中甲状腺ホルモンレベルの上昇:
血中総サイロキシン(T4)、総トリヨードサイロニン(T3)、遊離T4(fT4)、遊離T3(fT3)、が増加している、ホルモンレベルの間接的な指標であるT3摂取率(T3U、トリオソルブ)も増加する。甲状腺刺激ホルモン(TSH)低値。血中甲状腺ホルモンの増加が軽度で見かけ上正常範囲の値を示すような場合でも、高感度TSHアッセイでTSHが測定感度以下であれば、甲状腺ホルモン増加が存在すると確定できる。例外として、TSH分泌増加に起因する甲状腺機能亢進症ではTSHが正常ないし高値を示す。
TRH試験に対するTSHの無反応、これは血中甲状腺ホルモン増加を示す確実な指標であるが、高感度TSH値が測定感度以下であれば、TRH試験を行う必要性はほとんどない。
A甲状腺自体の機能亢進:
放射性ヨード(123Iまたは131I)やテクネシウム(99mTcO4-)の甲状腺摂取率が増加している。血中甲状腺ホルモンレベルが明らかに上昇している状態ではT3抑制試験は不要である。
B甲状腺関連自己抗体:
甲状腺機能亢進症の大部分を占めるバセドウ病では種々の自己抗体が検出される。抗サイクログロブリン抗体と抗マイクロゾーム抗体が多数例で陽性を示す。
TSH受容抗体(TRAbまたはTBU)の陽性率も高い。自己抗体の甲状腺刺激活性がin vitroで検出される場合も多い:TSAb(甲状腺刺激抗体)陽性。
診断
@先ず甲状腺中毒症であることを診断する。上述した臨床症状や一般検査所見から甲状腺刺激ホルモン作用過剰病態が疑われたら、血中甲状腺ホルモンレベルを測定して高値を確認する。T4,T3,fT4,fT3,T3Uの全てを測定する必要ななく(保健点数上も不適当)、適宜組み合わせて用いる。一般的にはT4,T3,fT4の3項目で十分である。各測定結果が境界値を示したり、測定項目によって正常値と高値が混在して判断に迷う場合は高感度TSHを測定する。これが測定感度以下であれば甲状腺中毒の診断が確定する。
A次に甲状腺中毒症を起こしている原因について鑑別診断を行う。各疾患の鑑別は、臨床経過、甲状腺腫の性状、随伴所見、検査成績の全てを総合して行われるが、甲状腺摂取率の高低によって甲状腺機能亢進症の疾患群とその他の疾患群に大別できる(表2)。
甲状腺機能亢進症の原因疾患は表2に示すようにいくつかあるが特別の診断基準は存在しない。但しバセドウ病の眼所見としての悪性眼球突出症に関しては表3の様な診断基準が作成されている。
表2甲状腺中毒症を示す疾患の鑑別診断
a)甲状腺ヨード摂取率高値を示すもの(=甲状腺機能亢進症)
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疾患名 |甲状腺腫の性状 |随伴臨床所見 |抗甲状腺|その他の
| | |抗体 |
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バセドウ病 |び慢性、比較的大き|眼症状 |過半数に|血中T3/T4
(Graves病) |い、弾性軟、ときに|(Grave's ophthalmo-|陽性 |≧20甲状腺
|血管雑音(+) | pathy) | | 刺激抗体
| | | |(+)
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機能性甲状腺腺腫|単発又は多発性の平| |陰性 |
(Plummer病) |滑な結節(径3cm以 | | |
|上) | | |
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機能性甲状腺癌 |硬く癒着した大きな|遠隔転移巣による症状|陰性 |
|結節 | | |
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続発性甲状腺機能|び慢性、比較的小さ|ときに視野欠損、絨毛|陰性 |TSH増加、
亢進症 |い |性腫瘍 | |HCG高値
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b)甲状腺ヨード摂取率低値を示すもの
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亜急性甲状腺炎 |左右非対称で硬く圧|発熱、前頚部や肩の痛|陰性 |血沈亢進
|痛のある甲状腺腫 |み | |CRP高値
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破壊性甲状腺炎(|び慢性 |出産後1〜3カ月に発症|陽性 |血中T3/T4大部分は慢性甲状| | | |<20
線炎にみられる |大きさや硬さは様々|→出産後一過性甲状腺| |甲状腺刺激一過性の病態) |(比較的小さく軟の|機能異常症) | |抗体(-)
|ものが多い) | | |
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外因性甲状腺ホル|甲状腺腫(-) |やせ薬として服用 |陰性 |サイクログモン服用 | | | |ロブリン
| | | |低値
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表3悪性眼球突出症の診断基準
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厚生症特定疾患研究班が作成した悪性眼球突出症の診断手引き
T主症状:
1)眼球突出:突出度20mm以上。
2)眼球結膜の充血と浮腫状腫張(chemosis)。
3)複視。
4)角膜の潰瘍形成、混濁、壊死又は穿孔。
5)視力低下(<0.3)ないし喪失、または視野欠損
U除外規定:眼窩内の炎症、肉芽腫、腫瘍、Pyocele、Mucocele、頚動脈−海綿洞癢などによる二次性眼球突出が否定されること。
(診断基準):上記症状の内、1)および2)を有するものを本症として、さらに、3)、4)または5)を呈するに至ったものを重症とする。
(参考):本症の多くはバセドウ病を伴い、甲状腺機能正常者においても、T3抑制試験、TRH負荷試験、甲状腺自己抗体検査などにより何らかの甲状腺異常を認めることが多い。
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管理上必要な検査(表4)
表4 甲状腺機能亢進症の管理上必要な検査
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@甲状腺機能のコントロール状況の評価(1〜6カ月間隔)
臨床的チェック:体重、脈拍数、アキレス腱反射。
一般検査:血清総コレステロール、アルカリフォスファターゼ
特殊検査:高感度TSH、T4、T3、fT4。
Aバセドウ病の病勢把握(6〜12カ月間隔)
特殊検査:甲状腺ヨード摂取率検査(T3抑制試験として行う)、TSH受容体抗体。
B抗甲状腺剤による副作用のチェック(治療開始3カ月間は1カ月間隔)
一般検査:白血球数、白血球分画、GOT,GPT,γーGTP,LAP、アルカリフォスファターゼ、ビリルビンなどの肝機能検査。
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抗甲状腺剤治療中の諸検査は、以下の目的で行う。具体的な項目は表4にまとめて示す。
@治療が適切に行われているかどうかの評価:
甲状腺機能のコントロール状態(患者の代謝状態)を評価し、代謝を正常に維持できるように投薬量を加減する。この検査は、コントロールが安定しない状態では、1カ月毎、安定した状態では3〜6カ月間隔を目安に行う。
Aバセドウ病患者における病勢の把握:
治療を中止しても再発しにくい状態になっている(臨床的寛解を期待できる)かどうか判定する。この検査は6〜12カ月間隔で行う。
B抗甲状腺剤による副作用のチェック:
無顆粒球と肝機能障害に注意を払う。これらの副作用は比較的治療早期に出現しやすいので、治療開始後3カ月間は1カ月毎に検査するだけでなく、体調の異変や発熱などの症状に応じて適宜検査する。
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